認知症は、どこまで予防できるのか。この問いに現時点で最も詳しく答えているのが、医学誌ランセットの常設委員会が2024年7月31日に公表した報告です。
結論は、14の危険因子をすべて取り除くことができれば、将来の認知症の45%を予防、または発症を遅らせられる可能性がある、というもの(Livingston G ら. Lancet. 2024;404(10452):572-628)。2020年の前回報告では12因子・40%でした。世の中に出回っている「12のリスク因子」の一覧は、この時点のものです。
増えた2つは、中年期の高いLDLコレステロールと、高齢期の未治療の視力低下。前者は100万人以上が参加した大規模コホート研究と27研究のメンデルランダム化解析、後者は2つの大規模メタ解析にもとづく追加で、45%への寄与はそれぞれ7%と2%と見積もられています(Alzheimer Europe による2024年7月31日の解説)。
14因子を、手を打つ時期で並べる
- 若年期:教育年数の少なさ
- 中年期:難聴、高血圧、肥満、過度の飲酒、頭部外傷、高いLDLコレステロール
- 高齢期:喫煙、うつ、社会的孤立、運動不足、糖尿病、大気汚染、未治療の視力低下
委員会が計算したのは人口寄与割合という指標です。「その因子を集団から完全になくせたら、理屈のうえでどれだけ減るか」を表すもので、個人が1つ改善すればその割合だけ自分の発症が減る、という意味ではありません。ここを取り違えると、数字だけが独り歩きします。
補聴器の話を、正確に
難聴は、手段がはっきりしている数少ない因子です。ただし臨床試験の結果は、そう素直ではありません。
ACHIEVE試験は、70〜84歳で未治療の難聴がある977人を、補聴器と聴覚専門職による支援を受ける群と、健康教育を受ける対照群に無作為に割り付け、3年間追跡しました。参加者全体では、両群に差は出ませんでした。一方、心血管の疫学研究から参加した認知症リスクの高い238人の事前に定めたサブグループでは、認知機能の低下が48%緩やかだったのです(Alzheimer’s Association、2023年7月18日発表。同日 Lancet 誌に掲載)。
全体では差が出なかった。
この部分を省いて「補聴器で認知症が半分に」と紹介する記事があるので、注意してください。研究者自身は、リスクの高い人ほど恩恵を受ける可能性がある、という慎重な言い方をしています。
もっとも、聞こえが良くなること自体に別の価値があります。この試験では、コミュニケーション能力、社会的な役割の遂行、孤独感の改善が、リスクの高い群でも新規募集の群でも確認されました。補聴器の適応や調整には専門的な判断が要りますので、まずかかりつけ医か耳鼻咽喉科にご相談ください。
食事の話も、正確に
地中海食とDASH食を組み合わせた「MIND食」は、脳のための食事として広く紹介されてきました。ではその効果を無作為化比較試験で確かめると、どうなったか。
65〜84歳の604人を3年間追跡した試験では、MIND食群と対照食群のあいだに、総合的な認知機能スコアの差は認められませんでした(平均差0.035標準化単位、95%信頼区間−0.022〜0.092、P=0.23)。MRIで測った脳容積にも差はありません(Barnes LL ら. N Engl J Med. 2023;389(7):602-611)。
ただし読み方には注意が要ります。この試験では両群とも軽い減量指導を受け、3年間で約5kgずつ体重が減りました。対照群も「ふつうの食事」ではなかったわけです。
それでも、食事だけで認知症を止められるという主張に、試験の裏づけがないことは押さえておくべきです。
まとめて変えると、結果が変わる
単独ではなく、複数を同時に変えた試験がフィンランドのFINGER研究です。60〜77歳で認知症リスクの高い1,260人を、食事・運動・認知トレーニング・血管リスクの管理を組み合わせた2年間のプログラム群と、一般的な健康助言のみの群に無作為に割り付けました。
認知機能は両群とも改善しましたが、改善の幅は介入群のほうが全体で25%大きく、実行機能で83%、処理速度で150%大きい結果でした。対照群では、2年後に認知機能の低下をきたすリスクが30%高くなっています(Ngandu T ら. Lancet. 2015;385:2255-2263)。
一つずつでは動かないものが、束ねると動く。認知症予防の研究は、いまこの方向に進んでいます。
今日から手をつける順番
- 血圧・血糖・LDLコレステロールの値を、直近の健診結果で確認する
- 聞こえと見え方を年に1回測る(難聴も白内障も、治療の手段がある)
- 週1回以上、人と対面で会う予定を曜日で固定する
- 有酸素運動と筋力の運動を、「気が向いたら」ではなく曜日で決める
- 禁煙する。飲酒量を減らす
- 転倒と頭部外傷を避ける(床の段差、電気コード、滑るマットの点検)
薬の量、運動の強度、コレステロールや血圧の目標値は、持病と年齢によって変わります。この記事の数字を根拠に、自己判断で薬を減らしたり増やしたりしないでください。変更はかかりつけ医にご相談ください。
45%という数字は、希望であると同時に制約でもあります。残りの55%には、いまの科学では手が届かない。だからこそ、届く範囲のことを淡々と積むほかありません。そのうえで、予防しきれなかった場合に備えて地域包括支援センターの場所を今のうちに調べておく。それも予防の一部だと私は考えています。
参考文献
- Livingston G, Huntley J, Liu KY, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024;404(10452):572-628.
- Alzheimer Europe「2024 Lancet Commission underscores the potential for dementia risk reduction, identifying 14 modifiable risk factors across the life course」2024年7月31日 https://www.alzheimer-europe.org/news/2024-lancet-commission-underscores-potential-dementia-risk-reduction-identifying-14-modifiable
- Alzheimer’s Association「Hearing Aids Slow Cognitive Decline in Older Adults with Hearing Loss and at Risk for Cognitive Decline」(ACHIEVE試験、2023年7月18日発表) https://aaic.alz.org/releases_2023/hearing-aids-slow-cognitive-decline.asp
- Barnes LL, Dhana K, Liu X, et al. Trial of the MIND diet for prevention of cognitive decline in older persons. N Engl J Med. 2023;389(7):602-611.(結果の数値は Practical Neurology の解説記事で確認) https://practicalneurology.com/news/surprising-results-of-mind-diet-and-its-affect-on-cognition/2470288/
- Ngandu T, Lehtisalo J, Solomon A, et al. A 2 year multidomain intervention of diet, exercise, cognitive training, and vascular risk monitoring versus control to prevent cognitive decline in at-risk elderly people (FINGER): a randomised controlled trial. Lancet. 2015;385:2255-2263.(結果の数値は FINGERS Brain Health Institute の解説で確認) https://fbhi.se/the-finger-study/
参考文献
- 太田 差惠子. (2022). 『親の介護でやってはいけない』. 翔泳社. Amazonで見る ›
- 太田 差惠子. (2021). 『マンガでやさしくわかる 介護とお金』. 日本能率協会マネジメントセンター. Amazonで見る ›
- 和田 秀樹. (2023). 『老後ひとり暮らしを楽しむ65のヒント』. 幻冬舎. Amazonで見る ›
- 杉山 孝博. (2020). 『認知症の人を支える 心のケア』. 中央法規出版. Amazonで見る ›
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