認知症は、病名ではありません。
法律のうえでも、そう定義されています。共生社会の実現を推進するための認知症基本法(令和5年法律第65号、令和6年1月1日施行)の第2条は、認知症を「アルツハイマー病その他の神経変性疾患、脳血管疾患その他の疾患により日常生活に支障が生じる程度にまで認知機能が低下した状態」と定めています。原因となる病気は別にあって、認知症はその結果として現れる状態を指す言葉です。ここを取り違えると、目の前の人に何が起きているのかが見えなくなります。
高齢者の4人に1人以上
厚生労働省が公表している「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」によると、2022年時点の認知症高齢者数は443.2万人、高齢者における有病率は12.3%です。MCI(軽度認知障害)は558.5万人、15.5%。合わせると27.8%になります。
この推計は、令和5年度老人保健事業推進費等補助金による研究(研究代表者・九州大学 二宮利治教授)が、福岡県久山町、石川県中島町、愛媛県中山町、島根県海士町の4地域で実施した地域悉皆調査(調査率80%以上)にもとづくものです。同じ資料では、2040年の認知症高齢者数を584.2万人、有病率14.9%と見込んでいます。
統計の話をしているのではありません。高齢者の4人に1人以上が認知症かMCIという社会では、認知症の人と関わらずに暮らすことのほうが難しい、ということです。
中核症状と、その周りに起きること
記憶障害、見当識障害、実行機能障害。これらは脳の変化から直接生じるもので、中核症状と呼ばれます。一方、不安、興奮、抑うつ、拒否、幻覚、歩き回りといった症状は、行動・心理症状(BPSD)と呼ばれ、中核症状に本人の性格や生活歴、体調、周囲の環境が絡んで現れます。
ここでよく引き合いに出されるのが、夕方になると「家に帰る」と言って玄関に向かう方の姿です。帰りたいと言う理由は、その人ごとに違います。夕方に子どもを迎えに行っていた人生を送ってきたのかもしれない。トイレの場所が分からず落ち着かないのかもしれない。便秘や脱水が不快なのかもしれない。まぶしすぎる照明や、聞き慣れないざわめきのせいかもしれない。
だから最初に確かめるのは、身体、心理、環境の3つです。痛みはないか、便通と水分はどうか、薬が変わっていないか。不安や寂しさはないか。音、光、人の出入りはどうか。行動そのものを止めにかかる前に、この順で見ていくほうが結果的に早いことが多いものです。
「その人を中心に」という考え方の出どころ
パーソン・センタード・ケアは、イギリスの心理学者トム・キットウッドが1997年の著書『Dementia Reconsidered: The Person Comes First』(Open University Press)で示した考え方です。認知症を脳の病理だけで説明する見方に対して、人としてのあり方(パーソンフッド)は周囲との関係のなかで保たれたり損なわれたりするのだ、と論じました。
これは理論であり、実践の枠組みです。効果量が数字で示された臨床試験ではありません。ケアの方向を決める考え方として受け取るのが正確だと私は考えています。
効果はどのくらい確かめられているのか
では、その人を中心に据えた非薬物的な関わりは、実際に症状を減らすのでしょうか。
2026年にFrontiers in Neurology誌に掲載されたメタ解析(Lei L. ほか、17巻、論文番号1850987)が、この点を扱っています。認知症の人の焦燥(agitation)を対象としたランダム化比較試験6件を統合した結果、対照群と比べて全体の焦燥は有意に減少しました。標準化平均差はマイナス0.48(95%信頼区間 マイナス0.84からマイナス0.13)です。
ただし、内訳を見ると景色が変わります。言語的な焦燥では標準化平均差マイナス0.45(95%信頼区間 マイナス0.73からマイナス0.17)と一貫した効果が出ている一方、身体的で攻撃を伴わない焦燥はマイナス0.48(マイナス1.06から0.11)、身体的な攻撃性はマイナス0.40(マイナス1.63から0.83)で、いずれも統計的に有意ではありませんでした。研究間のばらつきも大きく、全体の異質性はI²が81%と報告されています。
組み入れられた試験は6件です。「効果がある」と言い切れる領域と、まだ分かっていない領域が同居している、と読むのが誠実なところでしょう。
薬のことは医師と決めてください
BPSDに対して薬が使われることがあります。ただし、どの薬を、どれだけ、いつまで使うかの判断は医師によるものです。かかりつけ医にご相談ください。この記事で個別の薬剤名をお勧めすることはしません。
家族としてできるのは、いつから、どんな場面で、どのくらいの頻度で起きているかを記録して持っていくことです。診察室で本人が落ち着いていると、生活の実態は医師に届きません。
制度のほうも動いています
認知症基本法は、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らせるようにすることを目的に掲げ、基本理念として、すべての認知症の人が基本的人権を享有する個人として自らの意思によって日常生活と社会生活を営めるようにすること、日常生活上の障壁を除去して社会の対等な構成員として暮らせるようにすることなどを定めています。9月21日を認知症の日とすることも同法第9条に書かれています。
介護報酬の側でも、令和6年度改定で認知症チームケア推進加算が新設されました。BPSDの発現を未然に防ぎ、出現時に早期に対応するための平時からの取組を評価するもので、(Ⅰ)が月150単位、(Ⅱ)が月120単位です。専門研修を修了した職員の配置、複数の介護職員によるチーム編成、BPSDの計画的な評価とその値の測定、カンファレンスと計画の見直しなどが算定要件です。
評価されるようになった、ということは、これまで現場の善意で担われてきた部分に、ようやく値段がついたということでもあります。
参考文献
- 共生社会の実現を推進するための認知症基本法(令和5年法律第65号、令和6年1月1日施行)
- 厚生労働省「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」(令和5年度老人保健事業推進費等補助金「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」研究代表者・九州大学 二宮利治 より厚生労働省作成)
- Kitwood T. Dementia Reconsidered: The Person Comes First. Open University Press, 1997.
- Lei L, et al. Person-centered non-pharmacological interventions for agitation in dementia: a meta-analysis with subgroup analysis by behavioral subtypes. Frontiers in Neurology. 2026;17:1850987.
- 厚生労働省老健局「令和6年度介護報酬改定の主な事項について」社会保障審議会介護給付費分科会(第239回)資料1、令和6年1月22日
参考文献
- 太田 差惠子. (2022). 『親の介護でやってはいけない』. 翔泳社. Amazonで見る ›
- 太田 差惠子. (2021). 『マンガでやさしくわかる 介護とお金』. 日本能率協会マネジメントセンター. Amazonで見る ›
- 和田 秀樹. (2023). 『老後ひとり暮らしを楽しむ65のヒント』. 幻冬舎. Amazonで見る ›
- 杉山 孝博. (2020). 『認知症の人を支える 心のケア』. 中央法規出版. Amazonで見る ›
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