腹八分目は、何歳まで正しいのか

腹八分目には、賞味期限があります。

「食べ過ぎない」は長寿の知恵として世界に知られ、英語圏でも hara hachi bu とそのまま通じます。私自身、拙著『110歳まで歩く』で沖縄の食卓を取り上げました。ところが、この知恵をそのまま70代、80代に持ち込むと、話が逆さまになります。日本の高齢者に今いちばん多い栄養の問題は、食べ過ぎではなく、食べなさ過ぎだからです。

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65歳以上の女性の5人に1人が「低栄養傾向」

厚生労働省の『令和5年 国民健康・栄養調査』(2024年11月公表)によれば、65歳以上で低栄養傾向(BMI 20以下)にあたる人は、男性12.2%、女性22.4%です。年齢階級別では男女とも85歳以上が最も高く、この割合は過去10年間ほとんど改善していません。

女性は5人に1人。85歳を超えると、もっと増えます。

BMIは体重(kg)を身長(m)の二乗で割った値です。身長155cmなら、体重48kgでちょうど20。この体格の女性は、街でも、デイサービスでも、珍しくありません。「小柄で健康的」に見えるその体が、統計の上では「低栄養傾向」に分類されているのです。

痩せているほうが、太っているより早く亡くなる

痩せの危険を、日本人自身のデータで確かめます。

国立がん研究センターの笹月静氏らは、日本国内の7つの大規模コホート、合計35万3,422人を平均12.5年追跡したデータを統合しました(Sasazuki S et al. Journal of Epidemiology. 2011;21(6):417-430)。総死亡リスクが最も低かったのはBMI 21〜27。これを基準の23〜25と比べると、BMI 14〜19の男性は死亡リスクが1.78倍、女性は1.61倍でした。一方、BMI 30〜40の肥満では男性1.36倍、女性1.37倍。つまり日本人の中高年では、痩せは肥満よりも死亡リスクの上げ幅が大きかったのです。

この研究は観察研究です。病気で体重が落ちた人が「痩せ」に含まれ、その後亡くなったなら、痩せが原因ではなく結果だという逆因果が起こります。研究者たちも喫煙や既往歴で調整していますが、この可能性を完全には消せません。それでも、7つのコホートで方向が一致した結果は軽くありません。

この知見は国の基準にも反映されています。厚労省『日本人の食事摂取基準(2025年版)』では、目標とするBMIの範囲を18〜49歳で18.5〜24.9、50〜64歳で20.0〜24.9、65歳以上では21.5〜24.9と定めています。年齢が上がるほど下限が引き上げられる。加齢とともに、痩せによるフレイルや疾患のリスクが大きくなるからです。

若い頃の「標準体重」を、そのまま老後の目標にしてはいけないということです。

では、腹八分目の科学はどこまで本当か

カロリー制限が体に良いという証拠はあります。ただし、誰で確かめられたかが問題です。

米国の CALERIE 試験は、肥満のない健康な成人218人をランダムに分け、2年間で平均11.9%のカロリー制限を続けてもらいました。血圧、LDLコレステロール、インスリン感受性などの心血管代謝リスクが有意に改善し、その改善幅は体重減少だけでは説明できない大きさでした(Kraus WE et al. The Lancet Diabetes & Endocrinology. 2019;7(9):673-683)。

参加者の年齢は21〜50歳です。

70代以上でこの試験は行われていません。沖縄の長寿を支えた伝統食が低エネルギーだったことは Willcox らの総説に整理されていますが(Willcox BJ et al. Annals of the New York Academy of Sciences. 2007;1114:434-455)、それは幼少期から続いた食生活の話であって、80歳から食事を減らした人の話ではありません。

私見です。腹八分目は50代までの知恵で、65歳を越えたら「腹十分目、たんぱく質は多め」に切り替えるのが安全側だと私は考えています。

体重計に乗る、それだけでいい

低栄養の怖さは、本人が気づかないことです。食欲が落ちるのは年のせいだと思い、ズボンが緩くなったのを喜び、気づいたときには握力も歩く速さも落ちている。

対策は難しくありません。月に一度、同じ条件で体重を量る。半年で2〜3kg減っていたら、それは「痩せてよかった」ではなく「原因を探す」合図です。かかりつけ医にご相談ください。歯や飲み込みの問題、薬の副作用、うつ、がんなど、体重減少の裏には治療できる原因が隠れていることがあります。

BMIが21.5を切っている方は、食事の量を減らす理由を一度捨ててみてください。ご飯を一膳、卵をひとつ、牛乳を一杯。7月のたんぱく質の記事で書いた「体重×1.2g」も、体重が減ってしまっては土台から崩れます。

腹八分目は日本が世界に贈った知恵です。だからこそ、それを誰に、いつ贈るべきかまで、私たちが正しく伝える必要があります。

拙著『110歳まで歩く』では、食の章で沖縄食と腹八分目を扱っています。Kindle版はこちらです。

参考文献

  • 厚生労働省『令和5年 国民健康・栄養調査結果の概要』(2024年11月公表)
  • 厚生労働省『日本人の食事摂取基準(2025年版)』策定検討会報告書(2024年10月)
  • Sasazuki S, Inoue M, Tsuji I, et al. Body mass index and mortality from all causes and major causes in Japanese: results of a pooled analysis of 7 large-scale cohort studies. Journal of Epidemiology. 2011;21(6):417-430.
  • Kraus WE, Bhapkar M, Huffman KM, et al. 2 years of calorie restriction and cardiometabolic risk (CALERIE): exploratory outcomes of a multicentre, phase 2, randomised controlled trial. The Lancet Diabetes & Endocrinology. 2019;7(9):673-683.
  • Willcox BJ, Willcox DC, Todoriki H, et al. Caloric restriction, the traditional Okinawan diet, and healthy aging. Annals of the New York Academy of Sciences. 2007;1114:434-455.
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この記事を書いた人

hasejiiのアバター hasejii 110歳健康寿命プロジェクト 運営者|介護福祉士|デイサービス管理者(経験10年)

介護福祉士として、デイサービスの管理者を10年間経験。現場で見てきた「健康に老いるための工夫」と最新の医学・栄養学の知見をかけ合わせ、世界第1位の平均寿命を誇る日本の食事・運動・睡眠・心の習慣を、優しい言葉で紐解いていきます。

「110歳まで自分の足で歩く」を合言葉に、科学的根拠のある情報だけをお届けします。

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